会社設立の想い

「自分たち両親が死んでしまったら、
 この子は幸せに生きていくことができるのだろうか」
 

この想いが、私を《農業と福祉の連携》へと突き動かしました。

私の長女は、36年前切迫早産により900gで誕生しました。
生きるために保育器に入り、小さすぎる体にたくさんのチューブをまとっている姿を思い出すと、今でも目の前にいる長女が生きていることが奇跡だとしか思えません。

しかし、彼女は小さすぎる体で生まれたため、脳に損傷を受けていました。

医師から、知的障害が残る可能性があるとは言われていましたが、生後半年して、やはり発達遅滞が見られて知的障害が確定しました。

日常生活は少し声をかけたり、気をつけてあげたりすれば問題ありませんが、会話はできるもののまるで幼稚園児と話をしているようです。

現在長女は無事に成人し、障害者をサポートしてくれる作業所に通っています。
 

大手企業が社会貢献のために作業所に簡単な仕事を斡旋してくださっているようで、彼女は自分なりに働くことに誇りを持って毎日出かけています。
 

見守りや介助をしてもらいながら、長女なりにやりがいを持って毎日を過ごせることに感謝をしていますが、長女が作業所で得られる収入は月3000円程度で、障害者年金を合わせても月7万円以下ですので、私たち両親のサポートがなければすぐに生活はままならなくなるでしょう。

私には次女がいますが、次女はすでに家庭を持っていて彼女自身の人生を歩んでいます。
 

姉妹で助け合うことは必要だとは思いますが、
「障害者の姉がいるのは運命なのだから、自分たちが死んだあとは面倒を見なさい」
とは言えません。

現在、大手企業は下請け的な軽作業を作業所に任せてくれていますが、永続するとは限りません。
 

作業所のスタッフの方は親身になって長女に寄り添ってくれますが、「低賃金で生活ができない」と今まで何人もの素晴らしいスタッフの方が離職し、その度に長女は寂しい思いをしてきました。

また、私を支えてくださった方の中には、重症心身障害(知的と身体両方に重度の障害を持っていること)と診断をされたお子さんを抱えていらっしゃる人もいます。


ですが、彼らのお子さんはハンディキャップが重くて作業所に入ることができず、今も順番待ちをしています。


私たち家族はもちろん、今まで私を支えてくださった方、みんなが大切な子どものことで悩んでいました。


しかし、

ずっと「誰か」がなんとかしてくれるのを待っていても何も始まりません。

そこで、長女がこの世に生を受け、成長するにつれてからずっと抱いていた想いと決意が再燃しました。

「長女が自立できたらいいのに」という願いと、

「もし誰もやらないなら、自分がやればいいんだ!」という決意です。

しかし、長女をはじめ、どんなハンディを持つ方でも簡単にできなければなりません。
 

そして、ハンディを持つ方々だけでなく、彼ら彼女らを支えるスタッフが安心して生活できるような収入を得られる必要があります。

その時に出会ったのが農業でした。
 

なぜなら、農業はハンディがある人々だけでなく、高齢者も同じようにそれぞれのレベルに合わせて行うこと可能だからです。


農業=儲からないというイメージがありますが、「農業が儲からないなら、儲かる農業を探してみよう!」と思ったのです。

その時様々なご縁と出会いがあり、「皮まで食べられるバナナ」にたどり着きました。


これは成長が早い上に、栄養価も高く、収益率が高い。
まさに農業と福祉の連携を始めるにはうってつけでした。

知的にハンディがありながらも、長女は毎日自分の世界で彼女なりの楽しみを見つけながら生活しています。


私の願いは、私たちがいなくなってからもずっとその笑顔を絶やさず、幸せに生活してほしいということです。

これは、私だけではありません。
 

ハンディを抱えながら生きていく方とそれをサポートする家族の切なる願いです。

《農業と福祉の連携》という言葉は壮大ですが、きっかけは「長女の行く末をなんとかしたい」という個人的なことでした


ですが、ありがたいことに、本当にたくさんの方が応援し、支えてくださってようやく形になろうとしています。

「質の良い農作物を作り続けて日本の食糧問題解決に一石を投じ、ハンディを持つ方や高齢者の方が安心して生きられるような居場所の一端を担えるような存在になること。」

 


それが、私を信じ、応援してくださった皆様への一番のご恩返しだと思っています。

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